【背景】
大麦にはβ-グルカンやフェノール類、フラボノイドなど、肥満や糖尿病の予防に有益な生理活性物質が含まれ、血糖応答や脂質代謝の改善作用に一定の裏付けがあるものの、詳細なメカニズムの解明ができているとは言えない。また大麦を食品として利用するにはある程度の搗精を行うため、搗精を経た場合に全粒と違った生理作用を示すのか確認が必要だ。
本研究では、大麦の1品種「Zangqing 2000」の搗精していない「全粒大麦」と、10%搗精した「搗精大麦」を高脂肪食で誘導した肥満マウスに投与し、血糖降下作用や脂質異常の抑制作用、腸内細菌叢の変化を比較することで、搗精による生理活性物質の損失や構造の変化が生理活性に与える影響を検討した。
【方法】
全粒大麦と搗精大麦の100g中の食物繊維量はそれぞれ13.0g、8.9g、β-グルカン量は3.9g、4.5gだった。6週齢のC57BL/6J系のオスマウスを1週間馴化し、以下の4群(各群8匹)に分け12週間飼育した。
通常のコントロール食:NCD
脂質エネルギー比60%の高脂肪食:HFD
脂質エネルギー比60%の高脂肪食、搗精大麦を30%配合(β-グルカン量は1.27g/100g):PHB
脂質エネルギー比60%の高脂肪食、全粒大麦を30%配合(β-グルカン量は3.24g/100g):WHB
飼料摂取量は週2回、体重は週1回測定した。0、6、12週目に12時間の絶食後、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を行った。12週目に新鮮な糞便を採取し、含まれる腸内細菌の16S rRNA解析を行った。飼育期間終了後に解剖し、各種生化学的検査、肝臓、回腸、結腸、脂肪組織の病理学的な解析を行った。
【結果】
飼料摂取量は4群間で有意差がなかったが、NCDに比しほかの3群は体重が有意に増加した。HFDに比しPHBとWHBの副睾丸脂肪量、白色脂肪量、総脂肪量はいずれも少ない傾向にあり、WHBの副睾丸脂肪量は有意に少なかった。
OGTTでは、6週目、12週目ともNCDに比しHFDは開始15分から120分の血糖値のいずれも有意に高かった。一方、HFDに比しPHBとWHBは6週目の開始15分、30分、60分の血糖値、12週目は開始15分から120分の血糖値のいずれも有意に低く、血糖上昇曲線下面積(AUC)は6週目、12週目ともHFDに比しPHBとWHBは有意に低かった。
総コレステロール値とHDL-コレステロール値はNCDに比しほかの3群は有意に高く、LDL-コレステロール値はNCDに比しPHBとWHBで有意に高かった。総コレステロール値とLDL-コレステロール値は、HFDに比しPHBとWHBで有意に高かったことから、大麦の投与による脂質異常の抑制作用は認められなかった。
NCDの肝臓組織の病理切片は健全な状態を示したが、HFDでは多数の空胞が見られた。PHBとWHBではこのような肝臓組織の変性は認められなかった。同様にHFDでは結腸組織における炎症性細胞浸潤や回腸の絨毛の損傷が認められたが、PHBとWHBではこれらが抑えられていた。
糞便中の腸内細菌叢の多様性について。多様性指数(Ace指数とChao指数)はNCDに比しHFDで低かったが、HFDに比しPHBとWHBは高く、WHBは有意に高かった。主座標分析(PCoA)によるβ多様性解析では、PHBとWHBはHFDとは異なるクラスターを形成しており、NCDに近かった。
門レベルの腸内細菌叢は、Firmicutes/Bacteroidetes(F/B比)がNCDに比しHFDで有意に高かったが、HFDに比しPHBとWHBは有意に低かった。群間比較解析(LEfSe)から、属レベルではPHBとWHBのLactobacillus、Bifidobacterium、Ileibacterium、norank_f_Mutibaculaceaeの相対的な存在量が多かった。スピアマン相関解析では、Bifidobacterium、Ileibacterium、norank_f_Mutibaculaceaeの相対的な存在量はAUC、副睾丸脂肪量、白色脂肪量、総脂肪量と負の相関があった。
【考察と結論】
搗精大麦も全粒大麦と同様に、高脂肪食で誘発した肥満マウスの耐糖能の改善、脂肪や肝臓における脂肪蓄積の抑制、高脂肪食による腸の炎症や損傷の緩和に寄与することが示唆された。
搗精大麦も全粒大麦も腸内細菌叢を大きく変化させ、肥満リスクとの関連が指摘されるF/B比を低下させた。先行研究では、2型糖尿病患者に治療薬のアカルボースを投与すると腸内のLactobacillusやBifidobacteriumが増えることが確認されている。※1これらの菌が糖尿病の改善に寄与する可能性がある。LactobacillusやBifidobacteriumなどの有益な細菌を増やす作用は搗精大麦と全粒大麦でわずかな差であった。
搗精大麦と全粒大麦は、血糖降下作用と腸内細菌叢の改善作用に有意差がないことが示された。
【研究機関】
中国農業大学、COFCO栄養・健康研究所(中国)
※1 Nat Commun 8, 1, 1785, 2017
A comparison between partially peeled hulless barley and whole grain hulless barley: beneficial effects on the regulation of serum glucose and the gut microbiota in high-fat diet-induced obese mice
Food Funct Published: 20 December 2022
2023年1月19日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
中国産の裸麦でHighland barleyと称される品種を用いた研究である。我々が先にβ-グルカン高含有の裸麦、ビューファイバーの全粒粉と搗精粉(搗精率40%)を用いた試験とほぼ同じ条件で実施した内容で、結果も脂質代謝関連を除いてほぼ同じである(大麦は、全粒粉でも搗精粉でも機能は同等、肥満を抑制する参照)。搗精により総食物繊維量は減るが、β-グルカン量は増える点も同じである。しかし、本論文では搗精率が10%であり、アリューロン層がかなり残った搗精粉ではないかと思われる。β-グルカン量がそれほど多くない品種であるためか、夾雑物が含まれているためか、大麦粉摂取で総コレステロール値とLDL-コレステロール値が上昇している点が気になる。また、全粒粉よりも搗精粉の方がβ-グルカン量が多いにも関わらず、同量(30%)配合した飼料中のβ-グルカン量は、全粒粉が搗精粉よりも2倍以上多いのは論文の信頼性という点でも疑問がある。