【背景】
食物繊維の摂取が便秘の改善に役立つことは広く知られるが、大麦の摂取が便秘に及ぼす影響を検討した研究は少ない。また脳と腸の相互作用には、腸内細菌による食物繊維の発酵によって生成する酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸(SCFA)の関与が知られる。
先行研究では、SCFA による不安やうつ症状の緩和、睡眠への良い影響が示唆されている。※1-4大麦の摂取は、便秘の改善のみならず、睡眠やうつ症状を含む精神衛生状態(メンタル面)の改善に寄与する可能性があるが報告は少ない。
本研究では、食物繊維不足で、慢性便秘の診断基準(Rome Ⅳ)6項目のうち2項目以上に該当する便秘症の若年女性を対象にβ-グルカン含有量の異なる大麦の摂取が排便、睡眠、メンタル面、生活の質に及ぼす影響を検証することを目的とした。
【方法】
健康な日本人女子大学生(18~22歳)を対象とする無作為化二重盲検並行群間比較試験。もち麦品種「キラリモチ」を摂取するK群(34人)と、高β-グルカンのもち麦品種「フクミファイバー」を摂取するF群(34人)に分けた。被験者はβ-グルカン3g/日(大麦48g/日)を目標に、もち麦を30%配合した3割麦ごはんを4週間摂取し、もち麦ごはんの摂取量と排便の状況を毎日記録した。
食事の摂取状況は短縮版FFQ、排便機能はRome Ⅳに基づく調査票、睡眠の状況はピッツバーグ睡眠質問票(PSQI-J)、メンタル面は抑うつ状態の評価尺度(J-PHQ-9)、健康関連の生活の質(HRQoL)はSF-36で評価した。調査は摂取前(ベースライン)、摂取開始から2週間後、4週間後に行った。
【結果】
脱落者3人を除くK群32人、F群33人を解析対象とした。ベースラインにおける排便状況に有意差はなく、J-PHQ-9の「自尊心の低さ」のみ有意差(F群が低い=良い状態)がみられたが、その他の評価項目に有意差はなかった。
麦ごはんの摂取頻度(1日1.5回程度、1日3回を100%としてK群56.5%、F群56.1%)や1日の大麦摂取量(K群40.7 g、F群42.0 g)に有意差はなかった。食物繊維摂取量(g)はF群が10.7±2.4 g、K群が6.3±1.6 g、β-グルカンの摂取量はF群が4.34 ± 0.97 g、K群が2.48 ± 0.63 gで、いずれもF群が有意に高かった。
食事摂取量は、いずれの項目も群間差はなかった。排便状況は、両群とも排便日数、排便頻度、便量が有意に増加し、群間差はなかった。
睡眠に関する摂取前後の比較では、K群ではPSQI-Jの総合得点に有意な変化はなかったが、睡眠の質と日常生活への支障が有意に低下(改善)した。F群ではPSQI-Jの総合得点が有意に低下し、睡眠の質、入眠潜時、睡眠時間、日常生活への支障が有意に低下した。双方に効果がみられたが、PSQI-Jの総合得点はK群に比しF群で有意に低下した。
メンタル面に関する摂取前後の比較では、K群ではJ-PHQ-9の総合得点が有意に低下(改善)し、睡眠障害が有意に低下した。F群ではJ-PHQ-9の総合得点が有意に低下し、抑うつ気分、睡眠障害、疲労感、食欲変動、自尊心の低さが有意に低下した。双方に効果がみられたが、J-PHQ-9の総合得点はK群に比しF群で有意に低下した。
HRQoLに関する摂取前後の比較ではK群では身体的側面のサマリースコアが有意に上昇(改善)し、F群では精神的側面のサマリースコアが有意に増加した。K群はF群に比し身体的側面のサマリースコアが有意に上昇した。
【考察と結論】
2つのもち麦品種のいずれの摂取でも排便状況の改善がみられた。3割麦ごはんの1日1.5回程度の摂取で、1日3gの目標を下回るβ-グルカン量(本研究では1日2.5g、食物繊維6g)でも、排便に有益な効果があると示唆される。
本研究では高β-グルカンのもち麦の摂取が一般的なもち麦の摂取に比し、PSQI-J総合得点が有意に改善した。この結果は、プロバイオティクスの摂取によるストレス症状、うつ症状、睡眠の質の改善など示す先行研究に一致する。※5-7
高β-グルカンのもち麦の摂取は睡眠や心の健康に有益な影響をもたらすことが示唆された。
【研究機関】
神戸女子大学、愛媛大学
※1 Psychosom Med 83, 7, 693–699, 2021
※2 Nutrients, 10, 12, 1939, 2018
※3 Nutr Neuroscix 27, 8, 899–912, 2018
※4 Nutrients 16, 14, 2259, 2024
※5 Eur J Nutr 63, 2567–2585, 2024
※6 J Funct Foods, 31, 188–197, 2017
※7 Sci Rep 14, 3725, 2024
The effects of waxy barley on defecation, sleep, mental health, and quality of life: a randomized double-blind parallel-group comparison study
J Physiol Anthropol Published: 07 May 2025
2025年6月12日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
β-グルカン含量の異なる2種類のもち麦を健康な日本人女子学生に摂取させたヒト介入試験である。βーグルカンの摂取量にあまり大きな差がないため用量の差が見えにくい実験計画であった。その結果、排便状況はいずれも改善している。睡眠の質、メンタル面、HRQoLにいくつかの項目で群間差が認められている。フクミファイバーの摂取により、キラリモチ摂取に比べて睡眠の質、メンタル面で改善効果があったが、糞便中の短鎖脂肪酸量との関係などの客観的指標がないためβーグルカン量の差によるものかは断定できない。プラセボコントロール群を入れた比較が望まれる。