【背景】
大麦の摂取は、腸内細菌叢と腸内細菌が産生する代謝物に変化をもたらし、糖代謝の改善に寄与すると考えられる。食物繊維の多い飼料を与えたマウスでは、腸内のコハク酸産生菌とコハク酸量が増え、糖代謝が改善するという先行研究もある。※1
本研究は、大麦の摂取による腸内細菌叢と代謝物量の変化および糖代謝への影響をマイクロバイオーム解析とメタボローム解析を用いて検討し、これらの作用がβ-グルカンによるものかどうか特定することを目的とした。
【方法】
飼料に用いる大麦粉は、高β-グルカン品種の大麦「ビューファイバー(BF)」と、対照としてβ-グルカンを含まない「四国裸84号(BGL)」から調製した。
<試験1>
8週齢のC57BL/6J系の雄性マウスを7日間馴化し、脂肪エネルギー比25%の中脂肪食+BF、同+BGL、AIN-93G組成に基づく通常食+BF、同+BGLを飼料として自由摂取する4群(各群10匹)に分け、8週間飼育した。いずれの飼料もたんぱく質と総食物繊維の量が等しくなるように調製した。
飼育期間終了後に解剖し、肝臓、盲腸内容物、内臓脂肪の重量を測定し、盲腸内容物はマイクロバイオーム解析とメタボローム解析を行った。
<試験2>
野生型マウスと腸管でのコハク酸の取り込みに関わるジカルボン酸トランスポーター遺伝子(Slc13a2)を欠損したマウスを7日間馴化し、それぞれを脂肪エネルギー比25%の中脂肪食+BFの餌を自由に与えるBF群と同+BGL群に分け、8週間飼育した(Slc13a2(+/+)-BF、Slc13a2(+/+)-BGL、Slc13a2(-/-)-BF、Slc13a2(-/-)-BGL、各群10匹)。飼育最終週に経口ブドウ糖負荷試験を行い、飼育期間終了後に試験1と同様の重量測定と盲腸内容物のマイクロバイオーム解析、短鎖脂肪酸量の測定を行った。
【結果】
<試験1>
中脂肪食か通常食かに関わらず、BGL群に比しBF群で内臓脂肪の重量が少なかった。肝臓の重量には差がなく、盲腸内容物の重量はBGL群に比しBF群で多かった。
主座標分析(PCoA)では、盲腸の腸内細菌叢はBGL群とBF群で分かれ、試験食の脂肪含有量は腸内細菌叢に影響しなかったことから、β-グルカンが腸内細菌叢に有意な影響を及ぼすことが示唆された。そこで通常食か中脂肪食かに関わらず、BGL群とBF群の2群に分けて分析した。Bacteroides、Ruminococcus1、Parasutterellaの相対的な存在量はBF群で有意に増えた。線形判別分析(LDA)から、BacteroidesとParasutterellaが、BF群で検出される特徴的な腸内細菌だった。
盲腸内の代謝物もBGL群とBF群で分かれた。BGL群に比しBF群はコハク酸とグルコース-6-リン酸(G6P)が有意に増えた。ランダムフォレスト解析から、コハク酸、アゼライン酸、グルタル酸がBGL群とBF群を分ける重要な代謝物と特定された。コハク酸経路に関わる代謝物のリンゴ酸、フマル酸、コハク酸も、BGL群に比しBF群で有意に増えた。
<試験2>
Slc13a2(-/-)とSlc13a2(+/+)で摂餌量に有意差はなかった。Unweighted Unifrac(読み取ったDNA断片の数を考慮せず細菌叢の構成要素を表す)PCoAでは、PCo1もPCo2もマウスの遺伝子型はBGL摂取かBF摂取かによって分かれ、Weighted Unifrac(読み取ったDNA断片の数を考慮して細菌叢の構成要素を表す)PCoAでは、マウスの遺伝子型に関わらずPCo1でBGL摂取かBF摂取かによって分かれた。主要な腸内細菌はβ-グルカンの有無の影響が大きく、遺伝子型の影響は受けなかったと示唆される。
BGL群とBF群に分けて腸内細菌叢を解析したところ、ParasuterellaとMuribaculaceaeの相対的な存在量は、BGL群に比しBF群で増えた。Slc13a2(+/+)とSlc13a2(-/-)で層別化した場合も同様の傾向がみられ、ParasutterellaとMuribaculaceaeが増えた。
Slc13a2(+/+)-BGLに比しSlc13a2(+/+)-BFでは盲腸内の酢酸とコハク酸の濃度が有意に上昇した一方、Slc13a2(-/-)-BGLとSlc13a2(-/-)-BFはコハク酸の取り込み不足のためコハク酸が過剰に蓄積し、短鎖脂肪酸の相対濃度が低下した。OGTTは、Slc13a2(+/+)-BGLに比しSlc13a2(+/+)-BFでブドウ糖投与30、60、120分後の血糖値および血糖上昇曲線下面積(iAUC)が有意に低かった。この効果はSlc13a2(-/-)では減弱した。
【考察と結論】
腸内細菌叢と代謝物の変化は、試験食の脂質含有量よりもβ-グルカンの影響が大きいことが裏付けられた。コハク酸産生菌と腸内のコハク酸量はβ-グルカンの摂取とともに増加することが示された。コハク酸はBacteroidesの代謝産物として知られており、Bacteroidesの属レベルでの増加がコハク酸の産生を促した可能性がある。
一般的に、コハク酸の過剰蓄積は炎症の増加と下痢の発症を促すと考えられている。※2一方、ゼブラフィッシュにコハク酸を投与すると、生理的濃度では成長と飼料摂取が促され、耐糖能の改善に寄与するという報告がある。※3生理的濃度の範囲内でのコハク酸レベルの上昇は糖代謝の改善に有益と考えられる。
Slc13a2(-/-)マウスではβ-グルカンの摂取による腸内細菌叢の変化はみられたが、耐糖能の改善効果が減弱した。以上から、腸内でのβ-グルカンの発酵がコハク酸産生細菌とコハク酸量を増やし、耐糖能を改善すると推測される。
【研究機関】
はくばく、慶応義塾大学、大妻女子大学
※1 Cell Metab 24, 1, 151–157, 2016
※2 Microbes Infect 5, 2, 115-122, 2003
※3 Front Nutr 9, 894278, 2022
Barley β-glucan consumption improves glucose tolerance by increasing intestinal succinate concentrations
npj Science of Food 8, 69, 2024
2024年10月25日掲載