【背景】
大麦のβ-グルカンの腸内発酵による短鎖脂肪酸の増加は、GLP-1の分泌を介して食後高血糖を抑制することが以前の研究で示唆されている。
大麦の細胞壁を構成する多糖類としてβ-グルカンに次いで2番目に多いアラビノキシランは、ふすまに1.97~8.42%、胚乳に0.70~2.13%含まれる。※1※2先行研究では、小麦のアラビノキシランの摂取が肥満マウスの腸内細菌叢と脂質代謝の両方を改善することが示されているが、※3大麦のアラビノキシランの生理機能を示した研究はほとんどない。
アラビノキシランとβ-グルカンでは分子構造と粘度が異なるため、消化管における発酵特性やGLP-1の分泌応答が異なる可能性がある。そこで本研究では、β-グルカンを含まずアラビノキシランの量が多い大麦粉とβ-グルカンを豊富に含む大麦粉を飼料とする動物試験により、大麦のアラビノキシランが腸内発酵とGLP-1の分泌に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。
【方法】
4週齢のC57BL/6J系のオスマウスを7日間馴化。高脂肪食(脂質エネルギー比50%)に高β-グルカン大麦の一品種である「ビューファイバー」の粉を添加した餌を与える群(BF)、β-グルカンを含まない品種「四国裸84bgl」の粉を添加した餌を与える群(bgl)、対照群としてセルロースを添加した餌を与える群(C)、各群8匹を12週間飼育した。総食物繊維量は5%となるように調整した。
体重と飼料摂取量の測定は週2、3回行い、11週目に経口糖負荷試験(OGTT)、GLP-1濃度、インスリン濃度の測定を行った。飼育期間終了後に解剖し、肝臓、消化物を含む盲腸、脂肪組織重量の測定、盲腸内容物中の短鎖脂肪酸量、リアルタイムPCRによる回腸のL細胞機能に関連するmRNAの発現分析、盲腸内容物の主要な腸内細菌数の測定を行った。
【結果】
飼料に加えた大麦粉の水溶性食物繊維画分の糖組成はGC/MSで分析した。β-グルカン画分の構成糖であるグルコースはビューファイバーの総水溶性食物繊維の84.4%を占めた。四国裸84bglでは同35.7%だったが、四国裸84bglにはβ-グルカンが含まれないので他の水溶性食物繊維に由来するものと考えられる。アラビノキシラン画分の構成糖であるアラビノースおよびキシロースは、ビューファイバーでそれぞれ4.9%、8.4%、四国裸84bglで20.4%、40.4%だった。
飼料摂取量は3群間で有意差がなく、飼育期間中のエネルギー摂取量は同等だった。最終体重、体重増加、飼料効率、腹部内臓脂肪はCに比しBFで有意に低かった。OGTTでは空腹時と開始30分後の血糖値および血糖曲線下面積がCに比しBFで有意に低く、空腹時のインスリン濃度はCに比しBFで有意に低かった。空腹時、開始15分後、30分後のGLP-1濃度は3群で有意差はなかったが、60分後のGLP-1濃度と30分後から60分後までのGLP-1の曲線下面積はCに比しBFとbglで有意に高かった。
盲腸の重量はCに比しBFで有意に重く、bglで重い傾向にあった。盲腸内容物の酢酸、コハク酸、総短鎖脂肪酸の濃度はCに比しBFとbglで有意に高かった。酪酸と吉草酸の濃度はCに比しbglで有意に高かった。細菌数はClostridum leptumグループがCに比しBFで、Lactobacillus属がCに比しbglで有意に多かった。
回腸におけるmRNAの発現レベルについて。Gタンパク質共役型受容体43(Gpr43)と、プログルカゴン(Pgcg)をGLP-1に変換する酵素のPc1、L細胞の分化にかかわるNeuroDはCに比しBFとbglで有意に高かった。ニューロゲニン3(Ngn3)とPgcgは群間差がなかった。またPc1の発現は酢酸、酪酸、総短鎖脂肪酸量と正の相関があった。NeuroDとGpr43は酪酸と正の相関があった。
【考察と結論】
大麦のアラビノキシランは腸内の短鎖脂肪酸を増やし、β-グルカンと同様にGLP-1の分泌を促し、L細胞の分化およびGLP-1の分泌にかかわる遺伝子に影響を与えることが、本研究で初めて示された。
OGTTではBFとbglの双方でGLP-1濃度が有意に増加した。小麦のアラビノキシランが食後のGLP-1の分泌を促すことを確認したヒト試験の報告はあるが、※4大麦のアラビノキシランにも同様の作用があることを示す初のエビデンスである。ただしbglの水溶性食物繊維画分に含まれるβ-グルカン以外の多糖類の影響も考えられる。なおbglで食後の血糖上昇が抑制できなかったのはBFに比し水溶性食物繊維量が少なかったためという可能性もある。
大麦のアラビノキシランが短鎖脂肪酸の増加に寄与したのはキシロースとアラビノースの発酵特性によるものと考えられる。先行研究ではキシロースは回腸で酪酸を増やし、アラビノースは結腸で酪酸を増やすことが確認されている。※5
BFとbglの双方で短鎖脂肪酸の受容体であるGpr43とL細胞の分化にかかわるNeuroDの発現が増加した。大麦のアラビノキシランはβ-グルカンと同様に短鎖脂肪酸の増加を介し、L細胞を増やす可能性が示唆された。
BFとbglで有意に増加した細菌が異なるのは、アラビノキシランとβ-グルカンの発酵速度や発酵基質の違いによるものと考えられる。この2つの発酵性食物繊維を豊富に含む大麦は腸内細細菌叢の多様性を高め、生理機能に影響を与えると考えられる。
【研究機関】
大妻女子大学、はくばく
※1 Food Chem 218, 137–143, 2017
※2 Int J Mol Sci 12, 3, 1563–1574, 2011
※3 PLoS One 6, 6, e20944, 2011
※4 Nutrients 7, 2, 1245–1266, 2015
※5 Animal 8, 11, 1777–1787, 2014
Arabinoxylan as well as β-glucan in barley promotes GLP-1 secretion by increasing short-chain fatty acids production
Biochem Biophys Rep 32, 101343, 2022
2022年10月24日掲載