【背景】
大麦β-グルカンの摂取が糖や脂質の代謝を改善するメカニズムの1つとして、大麦β-グルカンの粘性による作用が挙げられる。大麦はクッキーやパンに加工する際、加水分解や熱分解による大麦β-グルカンの分子量の低下、それに伴う粘性の低下が生じ得る。
大麦β-グルカンの分子量の違いが、栄養素の消化吸収や腸内発酵に及ぼす影響について検討した報告はほとんどない。本研究では、大麦に内在する分解酵素、β-グルカナーゼにより大麦β-グルカンが部分的に加水分解された大麦粉を用いて、分子量の異なる大麦β-グルカンが糖や脂質の代謝、腸内細菌叢や短鎖脂肪酸の産生に与える影響を調べることを目的とした。
【方法】
高β-グルカン品種の大麦、ビューファイバーの粉(BF)を37℃の蒸留水で2時間(PHEB-2h)、あるいは8時間(PHEB-8h)保温ののち凍結乾燥・粉砕し、β-グルカナーゼをエタノールで失活させた。HPLCを用いて各サンプルに含まれるβ-グルカンの分子量を測定した。
4週齢のC57BL/6J系のオスマウスを1週間の馴化ののち高脂肪食(C)、高脂肪食+未処理のBF(BF)、高脂肪食+PHEB-2h(PHEB-2h)、高脂肪食+PHEB-8h(PHEB-8h)を与える4群(各群8匹)に分けて89日間飼育した。いずれの飼料も食物繊維を5%含むように調整した。
飼料摂取量と体重は週に3回測定、11週目に経口糖負荷試験を行った。飼育期間終了後に解剖し、各種生化学的検査、脂肪組織、盲腸、肝臓の重量の測定、盲腸内容物の短鎖脂肪酸量の測定、リアルタイムPCR法による腸内細菌叢の解析など行った。
【結果】
飼料に加えた3つのサンプルにおけるβ-グルカンの平均分子量はBFが360,000、PHEB-2hが110,000、PHEB-8hが50,000で、総食物繊維量とβ-グルカン量は3サンプルとも同等だった。
飼料摂取量に群間差はなかったが、Cに比しPHEB-8hは体重増加が抑えられ飼料効率が低かった。肝臓の重量はCに比し他の3群で軽く、腸間膜の脂肪重量はCに比しPHEB-8hで軽かった。盲腸の重量はCに比しBFとPHEB-2hで重かった。
非HDL-コレステロールはCに比しBFで低く、レプチン濃度は群間差がなかった。インスリン濃度はCに比しPHEB-8hで低く、肝臓のコレステロールと中性脂肪の蓄積はCに比し他の3群で低かった。経口糖負荷試験はCに比しPHEB-8hで30分値が低くなる傾向にあった。
盲腸内容物の酢酸量と総短鎖脂肪酸量はCに比し他の3群で多く、プロピオン酸量はCに比しPHEB-8hで多かった。コハク酸量はC群に比しBFとPHEB-2hで多かった。
盲腸内容物の腸内細菌数は、門レベルではBacteroidetesとFirmicutesがCに比しBFとPHEB-8hで多かった。属レベルではCに比しBacteroidesがBFとPHEB-8hで、BifidobacteriumがPHEB-2hで、LactobacillusがBFで多った。
盲腸の酢酸量はBifidobacterium属の細菌数と正の相関があった。レプチン量はBacteroides属の細菌数と負の相関があり、門レベルではBacteroidetesと負の相関傾向にあった。
【考察と結論】
大麦に内在するβ-グルカナーゼによってβ-グルカンの分子量が小さくなっても、糖や脂質の代謝を改善し、内臓脂肪の蓄積を抑えるという大麦β-グルカンの機能性は保たれることが示唆された。
大麦を添加した3群とも酢酸と総短鎖脂肪酸量が有意に多かった。盲腸での発酵による短鎖脂肪酸の産生は大麦β-グルカンの分子量の違いによる影響を受けないと考えられる。以前行われたin vitro試験では、低分子の大麦β-グルカンは発酵によりプロピオン酸の産生量を増やすという結果が出ており※1、これは本研究の結果と一致している。低分子の大麦β-グルカンはプロピオン酸を産生する腸内細菌の増加を促す可能性がある。
Bacteroidetes門とFirmicutes門の細菌は難消化性多糖類を発酵し、短鎖脂肪酸を産生する。※2大麦β-グルカンは分子量に関わらず、これらの腸内細菌数の増加を促した。またBacteroidetes門の細菌数と血清中のレプチン濃度との間には負の相関傾向があり、Bacteroidetes門に属するBacteroides属の細菌数とは明らかな負の相関がみられた。このBacteroidetes門の細菌数の増加が、肥満および肥満に関連するメタボリックシンドロームの改善に寄与すると考えられる。
【研究機関】
大妻女子大学、農業・食品産業技術総合研究機構
※1 Molecules 24, 5, 828, 2019
※2 World J Gastrointest Pathophysiol 6, 4, 110-9, 2015
Effects of barley β-glucan with various molecular weights partially hydrolyzed by endogenous β-glucanase on glucose tolerance and lipid metabolism in mice
Cereal Chemistry Aug 4, 2020
2020年9月25日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
大麦を粉末にして加水加工する例はパン製造を含めて多くある。大麦粉は加水すると内在する分解酵素により中程度(分子量数万)にまで低分子化することが認められたが、メタボリックシンドローム関連指標の改善作用は失われなかった。このことは、大麦β-グルカンの効果は腸内発酵を介した作用が重要であることを示している。また、低分子化した方が顕著な差があったため、消化管内での易水溶化(低分子の方が水溶化しやすい)が重要であると考えられる。