【背景】
食物繊維は腸内環境を整え、炎症の抑制、糖や脂質の代謝改善に寄与することは広く知られるが、食物繊維の種類によって腸内での代謝産物や宿主の応答が異なるかどうか、解明は途上にある。そこでβ-グルカンが豊富なオーツ麦とアラビノキシランが豊富なライ麦の摂取が、糖代謝や脂質代謝、短鎖脂肪酸の産生量、肝機能、腸のバリア機能にかかわるトリプトファンの代謝に与える影響を調べた。
【方法】
3~4週齢のオスのノーマルマウス(C57BL/6N)を下記の餌を与える4群(各群12匹)に分けて17週間飼育した。WDとOAT、RYEの餌1gあたりのエネルギー量は同等だった。
・CHOW:通常のコントロール食
・WD:高脂肪食
・OAT:オーツ麦のふすまを10%配合した高脂肪食(β-グルカンは全体の3%)
・RYE:ライ麦のふすまを10%配合した高脂肪食(アラビノキシランは全体の3.5%)
体重は毎週記録し、体組成は15週目に測定、15週目と16週目に耐糖能試験とインスリン負荷試験を行った。飼育期間終了後に解剖し、各種生化学的検査、回腸と糞便中の胆汁酸量や盲腸の短鎖脂肪酸量の測定、肝臓の炎症や腸のバリア機能、トリプトファンの代謝などにかかわる遺伝子の発現分析、肝臓と脂肪組織(精巣上部)の組織学的検討など行った。
【結果】※下記、大麦ラボ代表のコメントを受け、CHOWとの比較については省略。
体重、体組成
WDに比し、OATとRYEは体重の増加が抑えられた。とくにRYEで顕著に抑えられた。OATとRYEの体脂肪率と除脂肪率はWDと同等だった。
肝機能、腸のバリア機能
肝機能の指標となるALT、ASTはWDに比しOATとRYEで増加が抑えられた。この抑制作用は、肝臓の炎症の指標となるTNFとTLR4(Toll様受容体4)のmRNA発現レベルの抑制と相関した。
結腸のムチン(Muc3)およびタイトジャンクション関連たんぱく(オクルディン、クローディン-7)のmRNA発現レベルはWDに比しOATとRYEで高く、腸のバリア機能の改善が示唆された。
予想に反し、OATとRYEではWDにおける肝臓の肥大も肝臓の中性脂肪の蓄積も抑えられなかった。ただし肝臓中の脂肪細胞はWDに比しOATとRYEで小さい傾向にあった。腸内細菌の活性の指標となる盲腸重量はWDに比しOATとRYEで重かった。
糖代謝、脂質代謝
空腹時血糖値はWDに比しOATは低かったが、RYEはWDと同等だった。インスリン負荷試験や耐糖能試験の結果はWD、OAT、RYEの3群で差異がなかった。
WDに比しOATは血清の中性脂肪値が低かったが、LDLとHDLのレベルは同等、HDH/LDL比は高かった。
盲腸の短鎖脂肪酸
WDに比し、盲腸中の酢酸、酪酸、プロピオン酸の濃度はOATとRYEではいずれも高かった。
回腸におけるmRNA発現レベル
トリプトファンは腸内細菌の作用でインドールに異化され、アリール炭素水素受容体(AHR)を介してインターロイキン-22の産生を促すことでタイトジャンクションのタンパク質や抗菌化合物、ムチンの産生による免疫応答を改善する。※1※2
WDではトリプトファンをセロトニンに代謝する酵素、TPH-1の発現が高くなったがOATとRYEでは発現が抑えられた。AHRの発現はTPH-1の発現と逆相関し、WDで抑えられていた。インターロイキン-22の発現もOATとRYEで高く、特にOATで高かった。またTPH-1の発現は回腸における短鎖脂肪酸濃度、特にプロピオン酸濃度と逆相関した。
回腸と糞便の胆汁酸
肝臓や回腸で高発現する核内受容体のFXRに胆汁酸が結合すると、コレステロールからの胆汁酸合成に必要な酵素CYP7a1の活性が阻害され、胆汁酸の生成量が減る(結果としてコレステロールの蓄積が進む)。
WDに比しOATとRYEでは回腸におけるFXRのmRNAの発現が低く、肝臓のCYP7a1のmRNA発現が高かった。回腸におけるFXRの強力なアンタゴニストとして働くタウロ-β-ムリコール酸(T-βMCA)の割合は、OATでは他群に比し顕著に高く、FXRのアゴニストとして働く胆汁酸全体に対するT-βMCAの割合も同様のパターンを示した。一方RYEはOATに比し糞便における抱合胆汁酸量が多かった。
腸内細菌叢
WDに比しOATとRYEではBacteroidetesの割合がわずかに高く(OATよりもRYEで高い)、FirmicutesはOATで低かった。その結果、WDに比しOATとRYEではBacteroidetes/Firmicutesが高かった。OATではProteobacteriaの割合が低く、Saccharibacteriaの割合が高かった。属レベルでは、OATはLactobacillus、RYEはBifidobacteriumの割合が高かった。
【考察と結論】
オーツ麦とライ麦の食物繊維は高脂肪食負荷による体重増加を抑制し、短鎖脂肪酸の産生を促し、腸内環境を整えて肝臓の炎症を抑え、腸のバリア機能を高めることが示された。
OATやRYEにおけるTPH-1のmRNA発現レベルの低下が短鎖脂肪酸量と逆相関したことから、短鎖脂肪酸は腸内細菌のみならず内因性の酵素の活性にも関与すると考えられる。食物繊維不足はトリプトファンからセロトニンへの変換を促進し、インドールへの変換が抑えられる結果、インターロイキン-22による免疫応答が低下する。この不均衡がオーツ麦やライ麦の摂取による短鎖脂肪酸量の増加、腸内細菌叢の変化によって調整されたと考えられるが、さらなる検討が必要だ。
胆汁酸の産生に関して、FXRのアゴニストとアンタゴニストの比からオーツ麦は胆汁酸の生合成を促し、ライ麦は胆汁酸の再吸収の抑制によってコレステロール代謝を改善すると考えられる。
【研究機関】
香港大学(香港)、東フィンランド大学(フィンランド)、クオピオ大学病院(フィンランド)、VTTフィンランド技術研究センター(フィンランド)
※1 Gastroenterology 141, 1, 237-48, 2011
※2 J Mol Biol 427, 23, 3676-82, 2015
Dietary Fiber from Oat and Rye Brans Ameliorate Western Diet–Induced Body Weight Gain and Hepatic Inflammation by the Modulation of Short-Chain Fatty Acids, Bile Acids, and Tryptophan Metabolism
Mol Nutr Food Res e1900580, 2020
2020年8月28日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
CHOWが何か記載がなく、組成も不明であるため評価から外した。この論文の新規性は胆汁酸代謝の解釈にある。オーツ麦のβ-グルカンは、腸肝循環する胆汁酸の排泄を促進するため、胆汁酸を補充するために肝臓でCYP7a1の発現が亢進し、コレステロールから胆汁酸への変換が促進する結果、血中コレステロールが低下するとされてきた。FDAもこのメカニズムでヘルスクレームを認めている。しかし本論文では、胆汁酸の排泄促進はアラビノキシランが豊富なライ麦に強く表れており、β-グルカンが豊富なオーツ麦はT-βMCA濃度を高め、FXRの発現を抑制することで、結果として肝臓でCYP7a1の発現が亢進し、コレステロールから胆汁酸への変換が促進するというものである。なぜT-βMCA濃度が高まるかは不明で、確定的な説にはなっていない。大麦にはβ-グルカンとアラビノキシランが両方含まれており、そのような場合に胆汁酸代謝にどう影響するのか、興味あるところである。その他の腸内細菌叢やセロトニンに関する解釈はやや不可解なものである印象を受けた。