【背景】
エネルギー代謝全般に関わるAMPK(AMP-activated protein kinase)の活性化は、その下流の遺伝子発現を介して脂質合成を抑制する。乳酸菌とβ-グルカンは、それぞれがAMPKを活性化することが示されており、※1※2またビフィズス菌や乳酸菌とオーツ麦β-グルカンを組み合わせたシンバイオティクス効果によって肥満マウスの腸内細菌叢が改善し、体重の増加や代謝性合併症が軽減したという報告もある。※3
本研究ではキムチから分離した乳酸菌Lactobacillus plantarum S58 (以下、LP.S58)と大麦β-グルカンの、肥満マウスに対するシンバイオティクス効果とその作用機序について検討した。
【方法】
8週齢のオスのノーマルマウス(C57BL/6J)を1群8匹の下記の5群に分けて12週間飼育。LP.S58と大麦β-グルカンは、強制的に経口投与した。
・NC:通常のコントロール食
・HFD:高脂肪食
・LP.S58:高脂肪食+LP.S58(1×1010CFU/㎏体重)
・β-G:高脂肪食+大麦β-グルカン(500㎎/kg体重)
・LP.S58+β-G:高脂肪食+LP.S58(1×1010CFU/㎏体重)+大麦β-グルカン(500㎎/kg体重)
体重は毎週記録し、飼育期間終了前に糞便を採取。1晩絶食後に解剖し、各種生化学的検査、肝臓組織や精巣上部の脂肪組織(以下、脂肪組織)重量の測定、血清中の脂質代謝関連ホルモンや炎症指標の測定、肝臓と脂肪組織における脂質代謝関連の遺伝子やたんぱくの発現、大腸組織における炎症関連とタイトジャンクション関連の遺伝子やたんぱくの発現を調べた。糞便に含まれる腸内細菌の16S rRNA解析も行った。
【結果】
体重、脂質濃度、脂肪重量
NCに比し、HFDは体重が増加し、血清中や肝臓組織中の各種脂質濃度、肝臓組織や脂肪組織の重量に肥満に伴う増悪がみられた。HFDに比しLP.S58、β-Gではこれらの増悪が抑えられ(ただし総コレステロール値とLDL-コレステロール値はβ-Gで有意差なし)、LP.S58+β-Gでは相乗的に抑えられた。
肝臓組織と脂肪組織におけるmRNAとたんぱくの発現レベル
NCに比しHFDは、PPAR-γ、LPL、C /EBPα、SREBP-1c、FAS、SCD1のmRNA発現レベルは有意に高く、CPT-1およびHSLのmRNA発現レベルは有意に低かった。LP.S58+β-GはPPAR-γ、LPL、C /EBPα、SREBP-1c、FAS、SCD1のmRNA発現レベルを有意に抑え、HSLの mRNA発現レベルを有意に高くした。 LP.S58またはβ-Gにおいても一部の遺伝子の発現レベルに改善がみられたが、LP.S58+β-Gの相乗効果には及ばなかった。
たんぱくの発現レベルは、NCに比しHFDはpAMPKが有意に抑えられたがLP.S58+β-GではpAMPKの発現レベルを相乗的に高くした。LP.S58とβ-Gでは有意差がみられなかった。 PPAR-γとC /EBPαの発現レベルはHFDで有意に高かったがLP.S58+β-Gでは発現レベルを相乗的に抑えた。LP.S58とβ-Gも肝臓組織と脂肪組織のPPAR-γの発現レベルを抑えた。LP.S58は脂肪組織のC /EBPαの発現レベルも抑えた。
血清中の脂質代謝関連ホルモン
NCに比しHFDは、アディポネクチン、GLP-1とPYYの濃度が有意に低かった。HFDに比し、LP.S58+β-Gはアディポネクチン濃度が有意に高く、GLP-1とPYYの濃度はLP.S58とLP.S58+β-Gで有意に高かった。
血清中と大腸組織における炎症の指標
NCに比しHFDは、血清中のLPSと4つの炎症性サイトカイン(IL-6、IL-1β、TNF-α、IFN-γ)の濃度も、大腸組織における4つの炎症性サイトカインの遺伝子発現レベルも高いが、LP.S58とβ-G、LP.S58+β-Gはこれらを抑え、LP.S58+β-Gは相乗的に抑えた。
タイトジャンクション関連のmRNAとたんぱくの発現レベル
NCに比しHFDは、4つのタイトジャンクション関連たんぱく(ZO-1、オクルディン、クローディン-7、Muc2)のmRNA発現レベルが低かったが、LP.S58はオクルディンとクローディン-7の発現を、LP.S58+β-Gは4つすべての発現を相乗的に回復させた。たんぱくの発現レベルは、HFDによるZO-1、オクルディン、クローディン-7の発現低下をLP.S58+β-Gは相乗的に抑えた。
腸内細菌叢への影響
主成分分析(PCA)では、NCとHFDは細菌叢が大きく異なっていた。HFDとβ-Gは類似しており、LP.S58とLP.S58+β-GはHFDの細菌叢とは異なっていた。属レベルでの相対的な存在比は、HFDに比しLP.S58+β-GはLactobacillus、Dubosiella、Allobaculum、Akkermansia、Turicibacter、Faecalibaculumが高く、Helicobacter、Ruminococcaceae-UCG-014、Bacteroidesが低かった。
【考察と結論】
LP.S58とβ-Gによるシンバイオティクス効果によって高脂肪食マウスの脂質の蓄積が抑えられることを実証した。以下にその作用機序についてまとめる。
・AMPKを活性化し、下流のシグナル伝達を調節することにより、脂質の合成と蓄積を減らす。
・GLP-1やPYYの増加に伴いAMPKの上流にあるアディポネクチンが増え、AMPKを活性化する。
・タイトジャンクション関連たんぱくの発現を増強し、大腸粘膜のバリア機能を改善し、高脂肪食によって誘発される炎症を緩和する。
・血清中のLPSと炎症性サイトカインを減少させ、大腸の炎症にかかわる遺伝子の発現を抑制し、高脂肪食が誘発する代謝性の炎症を減らす。
・高脂肪食の影響による腸内細菌叢の変化を抑える。
LP.S58とβ-Gは肥満に伴う脂質の蓄積を防ぐ機能性食品成分として使用できると考える。
【研究機関】
重慶大学(中国)、成都大学(中国)
※1 Appl Microbiol Biotechnol 103, 14, 5843-50, 2019
※2 Food Chem 145, 198-204, 2014
※3 Mol Metab, 22, 96-109, 2019
A synbiotic consisting of Lactobacillus plantarum S58 and hull-less barley β-glucan ameliorates lipid accumulation in mice fed with a high-fat diet by activating AMPK signaling and modulating the gut microbiota
Carbohydr Polym 243, 116398, 2020
2020年7月22日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
大麦β-グルカンとプランタラム菌の組み合わせ効果を調べたユニークな論文である。大麦β-グルカンはXi'an Tongze Biotechnology社製との記載があるが、同社が販売しているものとして確認できたのはオーツ麦β-グルカンだった(純度も最高で70%)。大麦β-グルカンがどのようなものか、論文からは判断しかねる。また、β-グルカンの投与量は500 mg/kg体重だが、このような低用量でさまざまな効果を発現していることから、食物繊維としての効果ではない可能性もある。