【背景】
抗生物質の使用増加や高カロリー食、食物繊維の少ない食事は腸内環境に異常をきたし、肥満や糖尿病などの原因となる。このような腸内環境の影響について、出生後に関してはさまざまな報告がなされている。一方、胎生期や生後早期の健康・栄養状態が将来の健康状態に強く影響するという「DOHaD仮説」があるにもかかわらず、胎生期に関する報告は少ない。
そこで本研究では、母体の腸内環境が胎児の発達や出生後の疾病リスクに及ぼす影響について、マウスを用いて詳細な検討を行った。
【方法と結果】
<試験1>通常環境と無菌環境による仔への影響
妊娠マウスを通常環境あるいは無菌環境において通常食で飼育。妊娠18.5日目に帝王切開で仔マウスを取り出し、以後の成長環境を同じにするために両群の仔マウスは通常の環境で仮親マウスに育てさせた。離乳後に高脂肪食を摂取させ、体重測定や各種生化学分析を行った。仔マウスの血中の短鎖脂肪酸量や短鎖脂肪酸の受容体であるGPR41やGPR43の交感神経、腸管、膵臓における発現量なども調べた。
無菌環境下で飼育した妊娠マウス(無菌母マウス)の仔マウス(無菌仔マウス)は通常環境下で飼育した妊娠マウスの仔マウス(通常仔マウス)に比し重度の肥満となり、高血糖、脂質異常症などメタボリックシンドロームの症状を示した。通常仔マウスに比し無菌仔マウスは体温が低い、心拍数が少ない、エネルギー代謝量が少ない、消化管ホルモンのPYYやGLP-1が低値という有意差があった。血中の短鎖脂肪酸量も有意に少なかった。
胎児は腸内細菌をもたないため短鎖脂肪酸を多く作り出せないが、胎児の交感神経や腸管、膵臓ではGPR41やGPR43が高発現していた。
<試験2>通常環境下で食物繊維有無による介入
通常環境下で、食物繊維をほとんど含まない餌あるいは食物繊維(多糖類のイヌリン)を10%添加した餌で妊娠マウスを育てた場合の仔マウス(それぞれ低食物繊維仔マウス、高食物繊維仔マウス)についても試験1と同様の検討を行った。
低食物繊維仔マウスの各種測定結果は試験1の無菌仔マウスと同様だった。一方、高食物繊維仔マウスでは低食物繊維仔マウスでみられた体重の増加、血糖値や血清脂質値の上昇、体温や心拍数の低下が有意に抑えられた。血中の短鎖脂肪酸量も有意に多かった。
そこで、食物繊維をほとんど含まない餌に短鎖脂肪酸の1種であるプロピオン酸を5%添加した餌で飼育した妊娠マウスの仔マウスを用いて同様の検討を行ったところ、低食物繊維仔マウスでみられた肥満や肥満に伴う各測定値の変化が抑えられた。
【考察と結論】
妊娠マウスの腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸の一部は血液を介して仔マウスに届き、胎児のGPR41やGPR43を介し、成長時のエネルギー代謝を整え仔マウスの肥満を予防すると考えられる。妊娠中の母体の腸内環境は子孫の代謝システムの形成に影響をもたらすことが明らかとなった。
【研究機関】
東京農工大学、慶應義塾大学ほか
※1 Nature 529, 7585, 212-5, 2016
Maternal gut microbiota in pregnancy influences offspring metabolic phenotype in mice
Science 367, 6481, eaaw8429, 2020
2020年4月27日掲載
【大麦ラボ代表:青江誠一郎のコメント】
母マウスの腸内発酵による短鎖脂肪酸が仔マウスの代謝に影響することを示した画期的な動物試験である。すでに、母マウスが発酵性食物繊維を多く摂取すると腸内細菌の多様性が維持され、仔マウスの腸内細菌叢にも反映することが報告されているが、※1今回は母マウスの短鎖脂肪酸が妊娠中に直接影響するという結果である。腸内発酵は、単一の発酵性食物繊維よりも、大麦や全粒小麦などの穀物由来の複合食物繊維の方が多様な発酵パターンとなるため、より明確な効果が期待される。妊娠期の大麦摂取の意義の検証が期待される。